ゆとり初代がゆく英語学習の旅

30歳からの英語学習、ワーホリ失敗談、田舎暮らし、趣味などについて書いていきます。

フィリピン留学について

どうも!!フィリピン家族のホームステイには苦しめられたゆとり初代のヒデです。

 

なんとなくフィリピン留学について書いてみました。

 

俺はトロントのワーホリ期間中、トータル6ヶ月間フィリピン人の元でホームステイしてました。

 

まず最初の1ヶ月、そして日本人のゲストハウスに1ヶ月、その後また別のフィリピン人の家に4ヶ月お世話になりました。

 

渡航前はネティブカナディアンの家でホームステイできると心踊っていましたが、実際は収入目的で留学生を受け入れてるフィリピン系の家がほとんど。

 

今思えば、最初のところで我慢していればよかったものの、日本からの生活水準の高低差に耐えきれず、すぐに別の家を探しました。

 

この時、俺は全く無知なままワーホリに来ていたので全てエージェント任せで、シェアハウスを探したりなど海外生活のイロハを全く知っていませんでした。

 

一度行った日本人のゲストハウスで色々情報を集めれた事と、その後出会う戦友のバナマソ君にも色々教わったおけげで、海外でもパソコンとネット環境があればエージェントがなくても住める自信はつきました。

 

もちろんエージェントを使うのも一つの手段ではありますが、いかんせん何ごとにも手数料を取るのでお金がかかります。そして、エージェントと契約してるホームステイの家はほとんどがフィリピン系です。(トロントの場合)

 

そんな、フィリピンに鍛えられたおかげで、大抵の物は美味しく食べれるようになりました。

 

留学行く前はオカンの料理を美味いと思った事なかったんですが、帰国して食ったオカンの料理に涙出ました。(オカン今までありがとう!!)

 

普段、感謝しないことでも海外で長い生活をして帰ってくると、ありがたいなと感謝の心ができて、改めて日本っていい国だと再認識できます。

 

でも、生活水準が低くかったり、ご飯が不味かったりしても、すごく明るいんですよね。そして、家族というものを本当に大切にします。アジアの非英語圏の国で一番英語力が高いのもフィリピンで、他言語を習得することに関して最も優秀な民族だとも言われているらいしです。

 

実際、二件目のフィリピン人の家にお世話になった時は、ご飯はお世辞にも美味しいとは言えませんが、英語が喋れない俺に本当の家族のように接してくれたこともあり4ヶ月も居座ってしまいました。もちろん、駅から近かったり、各階にトイレと風呂があったり、冬の間に引っ越すのはナンセンスだ思っていたこともあります。

 

そんなことから、一度フィリピンという土地を訪れてみたいなと思うようになったのです。

 

あとは、トロントで語学学校には行かず、すぐに働く人の多くはフィリピンで語学留学を経た後、カナダにワーホリに来ていました。その、フィリピン留学経験者がマンツーマンでみっちり学習できるよと、日本人ゲストハウスで住んでいた時に聞いていたので気になっていました。

 

そして、留学費用が安い事もあります。

 

なので、日本に戻ってから低下した英語力を、次のワーホリ前に一からまた勉強しようと思いフィリピンに行く予定にしています。

 

これにはワーホリ前に一度、生活水準を落とす意味も兼ねています。

 

ただ、英語が堪能な人の多くは語学学校反対派がほとんどです。

 

なぜなら、行ったところで話せるようにならないから!!

 

これは一度語学学校を経験した俺からも激しく同意。俺みたいな英語初心者が2〜3ヶ月通ったところで話せるわけがありません。日本の中学校で習う範囲を英語で習って終わりです。

 

だから英語上級者は語学学校の費用がもったいないから、英語環境で働いた方がいいという意見がほとんどでした。

 

英語が堪能な戦友のバナマソ君も、そんな留学費用あるなら僕は吉原・鶯谷ツアー行きますよ〜って言うでしょうね。

 

そんな事を押しのけてでもやっぱり国のルーツを知りたいと思うし、何か俺に新しいアイディアや発送をくれそうな国なんですよね。

 

そして思う、俺の人生を振り返ってみると初めての異国の人に触れたのはフィリピン人だったなと。

 

それは大手勤務時代に、フレンドリー日本というシステム(フィリピン人からすれば出稼ぎのようなもの)を会社が受け入れていて、俺の現場にも配属されてきました。

 

もちろん、本人たちは俺の英語力並みの日本語力です。

 

そんな言葉が分からない異国で働いているのに毎日楽しそうでした。それは、日本での最低賃金で1年間働いただけでフィリピンでは家が建つそうです。

 

あの当時の俺は、それはもう踏ん反り帰ってアイツらの事を見下していましたが、自身が海外を経験した事でアイツらの凄さを数年後に知ることになりました。

 

だから、フィリピンは俺にとって初めての異文化との触れあいでした。

 

そんな彼らに久しぶりに会いたいなと思いが、フィリピン留学を決定させました。

 

向こうが覚えてるか分からないけど、彼らに会う事が今回の留学の裏設定です。

 

あとは避暑地で有名な田舎のバギオか、観光地で有名なセブかで悩んでいたけど、ジーニャ(二件目のフィリピン人オーナー)にどっちがいいか聞いたらセブがいいよとの事!!

 

という事で、場所はセブに決まったものの、語学学校が沢山ありすぎる.....。

 

かなりアタリハズレが多そうなので、日本で決めるのではなく、現地で体験学習に参加して決めた方が良さそうですね。

 

ただ、それはそれで面倒くさい。。。

 

今後の海外生活の第一目的は「海外を楽しむ事!!」なので飯が美味ければどこでもいいかな。

 

俺は英語習得を目標にしていないので英語は二の次。(中3までの内容が教えれるレベルが目標)

 

カナダでは全く楽しめなっかたのでリベンジです!!

 

しかし、海外を楽しむには英語力が必要なわけで、嫌いな英語学習は必須ですね。

 

とりあえず、綺麗な講師が多い学校にします。。。

 

それではまた!!

ゆとりカンパニー計画ついに始動

どうも!!ついにやりたい事を見つけたゆとり初代のヒデです。

 

現在、彼女が出来たとき状態です。

 

「彼女が出来たとき状態」とは活力に溢れ、体が疲れていても脳は元気、この時の俺は最強で、とめどなく良い発想やアイディアが溢れてきます。唯一の問題点は性欲が止まらなくなる事。抜いても抜いてもキリがないくらいに。。。

 

ドラゴンボールで言えばスーパーサイヤ人状態ですかね。

 

この状態に入る条件は2パターンあり、一つは当然彼女が出来た時。もう一つは彼女が出来た時並みの嬉しい出来事があった時。今回は後者の方。

 

それは、俺の中でついに画期的なビジネスプランが思いつきました。

 

もともと起業したいとは思っていましたが、俺が起業したい理由がクソで「お金持ちになりたい」「働きたくないし残業も嫌だ」「ノーリスクハイリターンの仕事ないかな」などゲスの極みならぬ「クズの極み」でした。

 

起業したいと思うだけで肝心の事業内容は全く考えていませんでした。

 

しかし、最近あることがきっかけで新聞配達の途中に突然閃いてしまいました。

 

もちろん、現時点では「企画」の段階で「内容」は全く纏まっていませんが、その「企画」を俺がリスペクトしている2名の方に意見をもらいました。

 

一人は、バイク仲間で大手企業を辞めた後、一時期バイトで雇ってもらっていた建設関係の仕事を二十数年やられていて、すでに地盤が固まってるので勝手に仕事が舞い込んで来て、仕事を選ぶことの出来る自営の社長。(ちなみに最終学歴は中卒でバツ3です)

 

そしてもう一人がトロントで出会った、現在、同じ個人事業主を目指し地盤作りの真っ最中で、俺と同じく高学歴エリートのリア充どもに並々ならぬ対抗心を燃やす戦友のバナマソ君。

 

何故二人に聞いたのかと言うと、長年自営をやって来た経験豊富な知識からの意見と、こんなクズ人間の俺の考えでも真面目に独自の観点から意見をくれる本当に心の器の広い人の意見を貰いたかったから。(俺の中でバナマソ君はもう友人を超えて親友・戦友だと思っています)

 

そんな二人に意見を聞いたところ、二人とも「目の付け所とアイディアは良い」と言ってもらえました。あとは内容もっと煮詰める事と、事業の展開の方法次第でやってみる価値はあるんじゃないかとも言ってもらいました。

 

建設業の社長とは付き合いが長いので、仕事しながら冗談半分で企画を思いつく度に言ってはいましたが、今まで一度も納得した事がない社長が何も言い返さず「アイディアは良い」と言ってくれた事。

 

そして必ず粗を指摘し、不可能な事には対しては絶対に可能と言わない、良い意味で変態でドMの性格をしたバナマソ君が初めて俺を認めてくれました。

 

この二人に、高卒低学歴で大した学も無い俺の「企画」が仮ではあるけど通ったことが、彼女が出来る以上に本当に嬉しかったんです。

 

逆に言えば、この企画は高卒低学歴の落ちこぼれである俺だからこそ見えたものだと思っています。

 

絶対に頭のいい奴には見えない世界のことですからね。

 

この2人が認めてくれたわけなので、俺の中ではかなり可能性を感じています。

 

がしかし、今は俺の考えた企画は実践中で、まだ良い結果は出せてません。

 

ただ確信....いや絶対と言っても断言できますが、この企画に「結果」が出た場合、100%の確率で顧客から感謝またはお礼を言われる自信があります。

 

大手勤務時代はやれやれ言われるだけで、上司から褒められたり労われたりした思い出がありません。頑張って仕事をしても「お〜出来るようになったから次はコレな」と自分が成長していくに従って仕事量が増えて行くだけ。そして上司は「出来て当たり前だから」とスキルなどが成長した事に対しての評価をしてくれませんでした。

 

唯一褒められた記憶があるのは県の溶接競技会で二位になった時だけ。

 

そんな中でも尊敬できる先輩には休憩の時にジュースを奢ってもらったり、頑張っとるの〜と声をかけてくれたりモチベーションを保つのに何度も救われました。

 

毎回奢ってもらうのも悪いので、今回は俺が出しますよ〜と言ったらその先輩は「俺に返さんで良いから、お前が俺と同じ立場になったときに後輩に返してやれ」と言われたあの時の先輩の背中は、ただただカッコ良かったことを鮮明に覚えています。

 

なので会社を辞めた今でもその教えを守っています。

 

何が言いたいのかと言うと、会社はガミガミ言うだけでやる気を無くさせる天才。どうして気持ちよく仕事をさせる方に持っていかないんだろうと怒られる度常々思っていました。

 

俺はどちらかと言えば、褒めて伸びる子。。。

 

ただ褒めすぎると、すぐに調子乗るので最近はレブリミッターをかけるように気をつけています。

 

そんなこともあって、ブルーカラーの工場勤務だけには戻りたくないことだけは常に頭にありました。

 

今回、起業するにあたって考えたことは「この先需要がずっとあるのか」「初期投資がかからない」「ネット環境とパソコンさえあればOK」です。

 

この事業に確信が掴め、尚且つ顧客もつかめ出したら多分、大手勤務以上に働かないといけなくなると思っています。

 

ただし、その仕事の先に感謝やお礼があることで、お互いがWinWinの関係になるのでモチベーションも保てます。

 

そして、俺みたいな落ちこぼれを一人でも少なくできる可能性も秘めていると思います。

 

俺は好きな事やりたい事に対してと、仕事にストレスがなければ続けられることができるのは自分で分析済み。

 

30歳の高卒低学歴が、キザでキラキラの慶應ボーイ、早稲田、東大や京大などのホワイトカラーの人生勝ち組に勝つためには、個人事業主になって圧倒的に稼ぐことしかもう道はないと思っています。

 

金持ちには自ずと女の方から寄ってきてくれますからね。

 

これは「中卒」の小金持ち社長が証明してくれています。

 

もう失うものも無いし、ここまで来たらやるしかないです!!

 

高卒低学歴のバカが一発逆転の人生を掴むのはもうコレしかない!!

 

借金抱えて沈むのもまた人生!!

 

ただ、やっと見えた一筋の光なんで、あとは俺の努力と行動とカリスマ次第!!

 

また進展があれば報告します。

 

それではまた!!

さらば俺の青春

どうも!!ついに断捨離を決行したゆとり初代のヒデです。

 

留学費用に車まで売ったのに、どうしても青春だけは売れなかった。

 

そんな青春と涙のお別れ。

 

ラストランしてあげれなくてごめんね。

 

いつも自称、元モトクロスライダーと豪語していましたが本当にそれを証明する証拠写真がこちら。

 

写真です↓

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本当にやってたんですよ。

 

肩も粉砕骨折してますよ。

 

それで入院して看護師に手を出しましたよ。

 

でも消防士に負けましたよ。。。ちくしょう。。。

 

悔しさからヤケ酒がわりのモンスターエナジーを飲みすぎて死にかけました。。。

 

趣味だけど、レースなどに参加するガチでモトクロスをやってる人からの名言で「趣味でモトクロスやっても体に怪我の傷と借金しか残らない」があります。

 

俺の場合、結婚もしてなかったし、運よく借金は残らなかったものの、左肩には一生消えない傷が残りました。

 

そして40〜50代のガチ勢はもれなくバツイチでした。

 

家庭放棄して毎週コースに行くわけですからね。奥さんの器が相当大きくないと夫婦円満とはいきません。そして度々ケガをして一家の稼ぎ頭が働けなくなるわけですからね。

 

一番損なのは公道も走れない7〜80万するバイクを買って、売る時はバイク屋に持って行っても買い取ってくれない(買い取ってくれてもクソみたいな値段)ので、ほとんどがオークションか個人売買です。ナンバー付きトレール車とレース専用車にはそれほど差があります。

 

そんなバイクを大手勤務時代は毎年買い換えてましたからね。MAX4台持ちの時もありました。(モトクロッサー、エンデューロレーサー、トレール車、ミニモト)

 

今思えば、あの頃にワーホリに出会っていれば、3回留学に行けた貯金はあったし、あの頃から英語学習初めていたら今頃そこそこ話せるようになっていたはず。

 

モトクロスでジャンプ飛べてキャーキャー言われるより、英語話せて海外飛び回れる方がカッコいいことに気付く30歳の秋この頃。。。

 

キャーキャー言ってくれる女の子なんて、レースでもない限りいないですからね。

 

ジャンプ飛ぶ度こっちがキャーですよ。

 

でも女の子が見ていると何故か怖くないんですよね。

 

男の子って不・思・議♡

 

しかし、気付くのが遅すぎました。

 

そしてついに断捨離を決行。

 

年式が古くなればなるほど価値が下がって行くし、需要があるのはほんの一部ですからね。

 

今言うと、この最後の砦があったから帰国後も収入は新聞配達の少ないバイト代でいいと他に掛け持ちせずにいました。

 

ただ、今の俺には不要な物なのでね。

 

いつか、お金持ちになったらまた新しいものを買えばいい訳ですから。

 

でも、このデカい方のバイク、、、

 

実は義理の兄貴のものです。。。

 

姉が一時期精神的に病んだ時期があって、外に連れ出してくれるであろう遊び人で、バイク仲間でもあった現旦那を紹介しました。

 

そんな義理の兄も結婚と同時に少ない小遣いでモトクロスは出来なくなり、モトクロスを辞めて現在はゴルフ三昧らしいです。

 

じゃあ俺が乗るからと預かっていたものですが、アイツのものは俺のもの!!

 

ジャイアンの考え方でいいよね。

 

公務員の姉の紹介してあげたんだから。

 

お金のためなら俺は悪にでもなる!!

 

もちろん、お金持ちになった暁にはちゃんと返済します。

 

それではまた!!

 

 

 

 

トゥー ビー ア メンタリスト

どうも!!人を操る快感を知ってしまったゆとり初代のヒデです。

 

初めて甥っ子、姪っ子が可愛いと言っている人の気持ちが分かりました。

 

勉強のプロセスを覚えた姪っ子が日に日に成長して行く姿をみて、おじさん、歳のせいか涙腺が緩くなってきました。

 

今日が本番みたいだったんで、本人より俺の方が緊張しています。。。

 

前のブログで言ったように、俺には学力が無いので科目の「内容」は教えられません。

 

今回教えたのはあくまで勉強に対する「プロセス」です。

 

結局、やるのは本人の自覚次第ですからね。

 

と言いつつ、俺は自分が認めていない(尊敬してない)人から指図されたり、都合よく使われるのが大っ嫌いな人間です。

 

女の子にはよく振り回されますがね。。。

 

でも人を操るのは大好きす!!

 

俺は高卒で大手企業に入り、若手にやれやれ言っているとうの本人が全く仕事しない4〜50代の先輩に嫌気を覚えていました。その人の言い分は自分が若い頃この人の先輩にビシバシやらされていたと言うのです。

 

当時若かった俺の考え方は「お前の方が高い給料もらってるんだから、お前が給料に見合った働きをしろよ」と思っていました。(今思えば、年配の人にあの頃のしんどい仕事は出来ないよなと、歳を取って無理ができない今は分かります。すいませんでした。)

 

しかし、辞めた今でも交友のある尊敬している先輩は、言葉よりも背中で語ってくれていました。

 

当然、その先輩には自ずと人がついて行くんですよね。

 

今回良かったことは、姪っ子の目の前に勉強をやって来なかったことで、現在落ちこぼれている見本の俺がいたこと。

 

その俺が「俺みたいになるな!!」と言うんだら説得力がありますよね。

 

勉強方法は前に述べたとうり、医大生くんに教えてもらったやり方を実践しました。

 

そして、それに付け加え、女の子にモテたくて当時流行っていたメンタリストのDaigoのフォーク曲げを覚えたくて買った本から学んだ心理学を利用しました。(心理学はあくまで趣味レベルです)

 

あとは20代前半にもかかわらず自分の持ち場のリーダーを任され、「自分より年上の派遣の人に仕事を教えるために、人を上手く操るにはどうしたらいいか?」を考えたとき、心理学でも勉強しようかなと一時期勉強していました。

 

溶接工は頑固者が多いので、「こうやって下さい」と教えても「わしゃーこうやる」とかなり苦労しました。その人のプライドを傷つけず、尚且つ、作業指示どうりに仕事をさせないといけないので大変でした。

 

今思えば、人を見る目はこのとき養われたと言ってもいいでしょう。

 

以前、友人Tさんにゴープロをプレゼントしたのも、「この人はおそらく自分の目標を実現する人」だなと思ったからです。だから有名か、お金持ちになる前に「貸し」を作って置こうと。

 

俺の人を見る目があったと後々言えるように、よろしくお願いしますね友人Tさん。(これも彼の無意識に語りかけて誘導するテクニックの一つ)

 

実際に読んだ本の写真がこちら↓

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結局、女の子に披露する機会はありませんでしたけどね。。。そして、女の子は全く操れません。。。

 

そして、練習に使った使えないフォークの山を見たオカンに、物は大切にしなさいと怒られます。。。ごめんなさい。

 

で、この趣味程度に学んだ心理学に、姪っ子が思い通りに操られてくれるので楽しくなりしまた!!

 

ほとんど嘘、ハッタリをすり込ませました。

 

メンタリストのパフォーマンスもほとんどが嘘、ハッタリですからね。

 

詐欺師のように人を騙す嘘は「悪」ですが、俺は人が成長するためにつく嘘は「善」だと思っています。

 

あとは努力に対して「結果」がついて来てくれれば本人の自信にも繋がるし、自ずと次からの学習にも結びつきます。

 

でも学生の本分はあくまで遊ぶこと!!

 

落ちこぼれのおっさんと違って、勉強も恋愛も遊びも充実させた学校ライフを送って欲しいですね!!

 

心理学に基づく暗示や錯覚などのテクニックを駆使し、常識では考えられないパフォーマンスを見せる事、、、

 

これがメンタリストです!!

 

なんちって。。。

 

今回の結果報酬は英語で100点取ったら欲しがってるスマホ買ってやる約束でしたが、どうやら無理だった模様。。。

 

とりあえず、フィリピン留学で行くゴーゴーバーの費用が消えなくて良かった!!

 

もちろん、高得点は取れるけど100点取らさないように誘導させましたからね。

 

そう、俺は自分に甘いクズ人間!!

 

姪っ子よ、俺みたいな大人にだけはなるなッ!!

 

それではまた!!

 

 

 

 

トゥー ビー ア ティーチャー

どうも!!俺の理想の先生はGTOの鬼塚であるゆとり初代のヒデです。

 

鬼塚みたいな先生がいたら学校行くのが毎日が楽しいと思うんですよね。

 

今思えば、ドラゴン桜みたいに「バカとブスは東大行け」って言ってくれる先生がいても良かったかなとも思います。

 

もちろん、上の先生がいたら今の時代は大問題になりますがね。。。

 

ただ、勉強嫌いだった俺からすれば、黒板に書いてノートに書いてみたいなシーンとした授業は本当に面白くなかったんですよね。

 

中学、高校時代は面白くない授業はずっと寝てました。

 

思い返してみると、思い出に残っている先生はやっぱり授業が面白かった先生なんですよね。

 

特に、面白かったのが高校時代3年間担任だった社会の先生。

 

以前、俺が工業高校に行ってたことは言いいましたが、工業高校の機械科はクラス全員もれなく男です。

 

半分以上がスポーツ推薦で入ったバカばっかりなので、頭の良さでは女の子がいる建築科に勝てません。

 

なのでクラスマッチの時はいつも担任の先生が、「お前ら頭では他のクラスに勝てないんだから、せめてスポーツでは勝って来い」と毎回燃えていました。

 

冬のクラスマッチは決まってサッカー。担任の先生の趣味が世界のサッカー選手のユニフォーム集めで、俺のコレクションを貸してやるからその選手になりきって優勝して来いと。

 

俺らもバカなのでテンション上がってユニフォーム着て行くぞーってグランドに出た瞬間に「お前ら何着とるんやー」と体育教官に担任共々こっぴどく怒られると言うオチ。クラスマッチは学校指定の体操着でやれと。ごもっともです。

 

あとは、「こっちのクラスは男ばっかりで下ネタ言えるわ!!」と授業から路線が脱線したりすることが度々あったり、「お前らバカなんだからせめて何か資格取っとけ、俺も一緒に受けるから」と一緒に受けて担任が試験に落ちて笑い者になったりと面白いエピソードが沢山あります。

 

やっぱりクソ真面目に授業するより、一緒にワイワイできる先生の方が思い出に残ってるんですよね。

 

そんな感じで、野球のボール追っかけずに女子のパンチラばっかりを追っかけることに青春を燃やした工業高校時代でした。

 

そして気づけばもう30歳。

 

兄貴の姪っ子も中学一年になりました。

 

子供嫌いもあって姪っ子の育児にはノータッチなんですが、昔の俺そっくりでテスト期間にも関わらず全く勉強しないので、自分の復習も兼ねて英語のみ教えてやることにしました。

 

中一の内容ですが、俺が中学時代は全くチンプンカンプンだった英語がめっちゃ分かる!!

 

しかし、人に教えるのは難しい。

 

俺は中学の過程をぶっ飛ばしてカナダに行ったので、語学学校で元々分からない内容を英語で教えてもらって肌で覚えた感じです。

 

だから理論的に教えられません。

 

この場合はこうなる!!的な覚え方なので、何故そうなるかの過程を説明できないんですよね。

 

以前、このブログによく登場する友人Tさんに英語を教えてもらった際、長文になったときに俺の知ってる動詞が2個文中で出てきたら、どう翻訳していいか分からないと尋ねると、ササっと分かりやすい例文を書いて理論的に分かりやすく教えてくれたのを思い出します。

 

今やってるのは英語を教えてると言うより、勉強のやり方を教えている感じ。

 

俺が嫌いなテストの点が取れる教え方をしてます。

 

ただこれは、現役の国立医大生くんに教わった勉強のやり方を実践しています。

 

人それぞれに合う勉強方があると思いますが、とりあえず日大より国立医大を信じてスパルタで教えてみます。

 

偏差値は正直ですからね。(ちなみに、医大に入ろうと思ったら200満点中、全教科190点以上取らないと入れないレベルらしいです)

 

とりあえず俺みたいにならないように、勉強が大事なんだと悟らせるようにして行きたいですね。

 

でも俺の理想は、「テストの点が取れなくても話せればOK」です。

 

海外に行ったときに必要なのはテストの点ではなく「話せる事」ですからね。

 

日本で必要なのは学歴ですが。。。

 

あ〜人生やり直したい。。。

 

そしてイケメンに生まれ変わりたい。。。

 

それではまた!!

 

 

久しぶりの国際交友

どうも!!筋肉痛が遅れてくるゆとり初代のヒデです。

 

最近、仕事前の夜に寝れなくなりました。

 

完全に夜型人間に体が変化してしまいました。

 

そして生活リズムが狂いまくって顔にふきでものが出まくりです。

 

早く昼の生活に戻りたいです。。。

 

 

 

さて先日、地元の地域親交のソフトボール大会がありました。

 

元野球部はもちろん無条件で駆り出されます。

 

仕事終わりからの、ほぼ睡眠無しでの参加になってかなりキツかった。。。

 

久しぶりの運動で本当に野球経験者かって言われるほどのエラーしまくりからのの、2ホーマー、2死球

 

現在は筋肉痛のピークで体はバッキバキです。1ヶ月ぶりの休刊日を無駄に寝て過ごしてしまいました。

 

死球のたびに、やっぱ俺はMじゃないと確認できました。。。

 

この地域親交のソフトボール大会は年々、若手がいないことから平均年齢高めの毎回人数ギリギリでやっています。

 

そんな中、俺の地元の人がバリバリのネイティブアメリカン男性のエリックと結婚していているので、人数合わせのためか参加していました。

 

このテリックは日本に住んで17年、もう流暢に山口弁を使いこなすほど日本語ペラペラです。

 

もちろん昔から知ってましたが、日本に戻ってから約3ヶ月ぶりにやっと外人と絡めました。

 

忘れかけていた英語を使うとやっぱり楽しい!!

 

ネイティブスピードで何か話してとお願いしてみたら、やっぱり何言ってるか全く分かりませんでした!!

 

さすが途中で心折れたポンコツ英語学習者。

 

少しだけボキャブラリーが増えただけのただの日本人でした。。。

 

帰国してからずっと外人と話したいと思っていたので、久しぶりにカナダで覚えた英語で話せてテンションが上がりました。

 

9割日本語だったけど色々話せて盛り上がりました!!

 

しれっと次のワーホリ行くまで個人レッスンをお願いしたら、どうやら今は地元に住んでいないとの事。

 

うーん、残念!!

 

多分、英語学習者が求める最高の先生って「日本語が話せるネイティブスピーカー」だと思うんですよね。

 

こんな田舎に日本語ペラペラの英語のネイティブスピーカーがいることは本当に有難い事で、俺が海外志向を忘れずにいれる事にも繋がります。

 

しかし、地元の人は少し敬遠気味であまりエリックと関わろうとしないのも事実です。

 

やはり人種の違いに触れ合ったことが少ないので抵抗があるんでしょうね。

 

ですが、これが日本人がシャイであることも含めて国際交友の無い日本の田舎の現状なんだと思います。

 

それでも昔から地域行事に顔を出しているエリックは尊敬するし、日本でも不便な田舎を居住に選んだことはすごいなと思います。

 

アメリカと日本はどっちがいい??って聞くと「ニホンガイイヨ〜」と即答してくれました。(アメリカに憧れている俺は少しショック.....)

 

俺が海外に行った時は逆の立場になるので見習わないといけないですね。

 

これからは無理だと分かっていても、海外を経験するべきだと言うことを若い奴らに言い続けていかないといけません!!

 

その為には、まずは俺が海外に行って行動しないとね。

 

ただ、うちのオカンも含め、田舎の人は30歳で定職につかずにプラプラしている事に冷たい視線をしてくる人もいるのも確かで、ちゃんと働かないといけないと言う思いと、まだまだ海外をプラプラしたい気持ちの狭間で日々揺れ動いてます。

 

そんな昔からの田舎の考え方も根本から変えて行けたらいいですね。

 

「人にはいろんな生き方がある」と言うのは多分、海外で生活した人にしか分からないでしょうからね。

 

人の生き方を否定しない海外は俺にとってとても大切な場所です。

 

今回は俺らしくない真面目な内容となってしまいました。

 

たまに真面目モードになるのでご了承下さい。

 

それではまた!!

 

 

コロコロ変わる心境の変化

どうも!!秋なのに全く実りが無いゆとり初代のヒデです。

 

月って綺麗なんですね。

 

夜仕事をやってなかったら絶対に気づかなかったし、感じなかったですね。

 

気温も下がってきて全くもってモチベーションが上がらない日々ですが、そんな中でも心境の変化があります。

 

ワーホリメーカーさんの多くは、海外移住とか英語習得を目的にしているので、俺みたいに年齢がギリギリだとまとめてビザを取得している人がほとんどです。

 

もちろん、俺はそんな確固たる高い志は無いのでまとめてビザを取るなんて考えて居ませんでした。

 

そして、カナダで知ったワーホリ又は留学で日本人に人気の都市は特に英語話せなくてもなんとかなると言う事。

 

次にオーストラリアを選んでいるのも、ビザの取得が簡単な事もありますが、有名都市に行けば英語話せなくてもなんとかなるだろうと言う思いもあります。(オーストラリアという国には全く興味はありません)

 

なので次に行く国はオーストラリアと豪語していましたが、最近はイギリスに行きたいと言う思いが強くなって来ました。

 

理由は、世界陸上の舞台だった事と、佳子さまがイギリスに留学されたことでテレビでイギリスについての特集が多くなった事。

 

それで、大袈裟に報道する日本のメディアとも相まって、今まで全く興味がなかったイギリスという国に興味が湧いて来ました。

 

正直、「今どこにいるの?」って聞かれた時に「シドニー」って言うより「ロンドン」って言う方が、何かお洒落だしカッコイイと言う完全な外面目当てです。

 

今考えると、最初に勤めた会社にイギリスの案件があったり、何かと縁がある国だとも思うのです。

 

イギリスもオーストラリアも最大2年の滞在ができるのが最も魅力の一つでしょう。(オーストラリアは条件アリ)

 

ただ、イギリスのワーホリビザは年間1000人までという狭き門。当然、大人気な国なので当選する確率はカープのCSシリーズのチケットより低いでしょう。

 

なので、今後は2018年のイギリスワーホリビザに申し込んで、ダメならオーストラリアという感じで動いて行こうかと思います。

 

女追っかけて行くとかバカですからね。はい。。。

 

でも俺は今も昔もアメリカと言う国に憧れていることは変わりません。

 

これからはブリティッシュ英語になるのでなんだかな〜と思いますが、それはそれで楽しめたらなと思います。

 

 

 

 

話は変わりますが、今月の給料で目標だった貯金が3桁になりました!!

 

英語が堪能なワーホリメーカーさんからすれば、今すぐ海外行けよって感じですね。。。

 

カナダで食以外にお金をかけなかった事もあり、帰国して保険のキャッシュバックなどもあって予想していた以上に口座に残ってました。

 

俺の性格上、お金があったら現地で働かないので、これはフィリピン留学の費用として当てる予定です。

 

フィリピンでリッチな日本人を装います。

 

待ってろゴーゴーバー!!

 

それではまた!!